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神戸地方裁判所 平成7年(わ)168号 判決

裁判所書記官

武部良一

国籍

韓国(済州道済州市三徒一洞一〇〇番地の五)

住居

神戸市兵庫区下沢通六丁目一番三〇号ビラ下沢四〇三号室

婦人靴製造業

鈴木富男こと金柱輔

一九三七年七月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官小串典介出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金二八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、神戸市長田区松野通二丁目五番六号において、「神戸化学工業」の名称で婦人靴製造業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一  平成二年分の総所得金額が一億一九七〇万二四九八円で、これに対する所得税額が五四〇七万四五〇〇円であるのに、実際の所得金額とは関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成するなどして、右所得の一部を秘匿した上、平成三年三月一二日、神戸市長田区御船通一丁目四所在の所轄長田税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が六〇七万九二二七円で、これに対する所得税額が一九万七六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税五三八七万六九〇〇円を免れ、

第二  平成三年分の総所得金額が一億二四二六万七一五二円で、これに対する所得税額が五六四〇万二〇〇〇円であるのに、前同様の方法により、平成四年三月一二日、前記長田税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が六五八万六七二七円で、これに対する所得税額が二五万七三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税五六一四万四七〇〇円を免れ、

第三  平成四年分の総所得金額が八八七四万四九五六円で、これに対する所得税額が三八八〇万五〇〇〇円であるのに、前同様の方法により、平成五年三月一一日、前記長田税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が六四七万六二一三円で、これに対する所得税額が二七万九一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税三八五二万五九〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の大蔵事務官に対する平成六年四月一二日付、同月二一日付(二通、欄外に「検甲53号」と記載のあるもの及び欄外に「検甲57号」と記載のあるもの)、同月二八日付、同年六月一七日付、同年七月一日付、同月一八日付(二通、欄外に「検甲51号」と記載のあるもの及び欄外に「検甲56号」と記載のあるもの)、同月二九日付二通、同年八月二四日付、同年九月二日付、同月一六日付五通、同年一〇月四日付、同月一四日付五通、同月二四日付、同年一一月四日付三通、同月一四日付、同月二一日付、同月二八日付及び同年一二月五日付各質問てん末書

一  鈴木浩こと金相浩(二通)及び宮川弘子(二通)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の告発書

一  大阪国税局収税官吏作成の「所轄税務署の所在地について」と題する書面

一  大蔵事務官作成の査察官調査書二八通

一  大蔵事務官作成の「修正申告書写の提出について」と題する書面

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(自平成二年一月一日至平成二年一二月三一日)

一  長田税務署長作成の証明書三通(欄外に「検甲5号」と記載のあるもの、欄外に「検甲9号」と記載のあるもの及び欄外に「検甲12号」と記載のあるもの)

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(自平成三年一月一日至平成三年一二月三一日)

一  長田税務署長作成の証明書三通(欄外に「検甲6号」と記載のあるもの、欄外に「検甲10号」と記載のあるもの及び欄外に「検甲13号」と記載のあるもの)

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(自平成四年一月一日至平成四年一二月三一日)

一  長田税務署長作成の証明書二通(欄外に「検甲7号」と記載のあるもの及び欄外に「検甲14号」と記載のあるもの)

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも情状により同法二三八条二項を適用し、各所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑を選択し、以上は平成七年法律第九一号による改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情のもっとも重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その加重した刑期及び合算した金額の範囲内で、被告人を懲役一年六月及び罰金二八〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、昭和四〇年頃から神戸化学工業を経営し婦人靴の製造、販売を行ってきた被告人が、昭和五九年ころ、取引先の倒産によって手形が不渡りになり多大な損害を被ったことをきっかけに、職場である工場から離れた閑静な場所に自宅を建築したいと思っていたことと、自分が外国人であるため老後の年金などが貰えないので金を蓄えておきたかったこともあって、昭和六〇年ころから、それまで所得税の申告書の作成・提出を依頼していた在日朝鮮人兵庫県西神戸商工会に対して適当過少な所得金額を申し述べる方法により脱税するようになり、平成二年度に五三八七万六九〇〇円、平成三年度に五六一四万四七〇〇円、平成四年度に三八五二万五九〇〇円の各所得税をほ脱したという事案であるところ、そのほ脱額は合計一億四八五四万七五〇〇円と高額である上、所得税のほ脱率は右各事業年度のいずれにおいても九九パーセント台と高く、脱税事件としては極めて悪質な事案と言わざるをえない。

本件脱税の動機は右のとおりであって、いずれも個人的蓄財を目的としたものである。この点について、弁護人は、右商工会から同業者の多くが脱税している旨聞かされたことなどが本件犯行の原因で、被告人が自発的に敢行したものではないことを酌量すべき事情として主張するが、たとえ、商工会から右のようなことを聞かされたとしても、脱税を決意し、実行したのは被告人自身なのであって、この事情だけでは被告人の刑責を格別減少させるものとはなり得ないと言うべきである。また、弁護人は、被告人が在日韓国人であり老後の生活保障がないなど不安定な立場にあることから、日本国民における税の均衡負担の原則をそのままあてはめたり、本件脱税行為を私利私欲を目的としたものと片づけることはできない旨主張するが、現行の制度に不備や不満があるとしても、それは社会内で容認されたルールに従った手段・方法により改善していくべきものであって、いかなる意味においても脱税行為を正当化する理由となるものではなく、被告人の刑責を減少させる事由とはなり得ない。

次に、所得の形成過程について、弁護人は、被告人は在日韓国人として不利な環境のなかで、真面目に働き事業を拡大した結果、本件などの所得を得たのであって、脱税事件の量刑を考えるにあたって、所得の形成過程が他の要素よりも重要な要素として考慮されるべきであることを前提として、資産形成の方法自体非難されるべき事案である東京高等裁判所平成六年三月四日刑事一部判決(いわゆる元環境庁長官脱税事件)との比較において、本件では、同判決で示されたほ脱税額に対する罰金額の割合を下回るべきである旨主張する。しかし、脱税が税法上非難されるのは、それが、国家の課税権を侵害し、租税負担の公平性を侵害するところにある以上、所得の形成過程を殊更に大きく評価して量刑の事情として扱うことに合理的な理由はなく、罪質、犯行の態様、動機などと並んだ量刑事情の一つとして考慮されるものと解すべきである。そして、租税負担公平の原則からいえば、脱税犯に対する量刑の決定においても公平の原則がまず重要なのであり、そのためにはほ脱額をまず基準とし、それに犯情及び一般情状を加えて総合考慮し、事件ごとの具体的な量定をする手法は、租税負担の公平の原理に則った合理的な方法であると解されるのである。したがって、所得の形成過程を他の事情よりも重視すべきとの弁護人の前提は採りえず、それを前提とした弁護人の主張も相当でないと言わざるを得ない。本件においては、被告人の所得形成過程に、非難されるべき点は見当たらないが、だからといって、このことが、被告人に格別に酌量すべき事情となるものではない。

しかし、他方において、被告人のために斟酌すべき事情として、本件における所得隠匿の方法は、適当に過少な所得を申告するという比較的単純なもので、悪質巧妙な手段とまでは言えないこと、本税を修正申告し納付済であること、被告人には同種事犯を含めて前科前歴がないこと、今後は会社組織にし、かつ税理士に依頼したいと述べるなど、本件を真摯に反省し、更生の意欲を示していること、被告人の妻も被告人の監督を誓っていること、本年一月の阪神・淡路大震災により工場及び自宅が全壊するという被害を受けたことなどの諸事実が認められる。

以上の諸事情を総合考慮し、被告人に対し、主文記載の刑を科した上、懲役刑については、同記載の期間その刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田昭 裁判官 小川育央 裁判官 渡邊美弥子)

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